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こなた「当てたらどれでももらえるの?」

ライトノベル新刊情報サイト「ラノベ総合案内所」が出来ました.

1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 11:43:16.49 ID:Q29ZMPfG0
らき☆すたのSSです。

以前に別のところで発表した作品ですが、加筆修正したくなったのと、ここでの発表も面白そうなんで投下してみます。
6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 11:48:04.66 ID:Q29ZMPfG0
 名射手

 暑い、眠い、疲れた、だるい。
 祭囃子が別世界のように聞こえる。本当の自分はどこか別の場所にいて、この体を遠隔操作してるような気分だ。
 食事も寝床も寝る時間も皆と同じだけど、あの人達に拾われるまでに相当体力落ちてたもんな。そんな身でこの生活はまずいかもしれない。
 でも、あの家にいるよりはまだマシだった。
 祭りの場にふさわしくない記憶が蘇り、気が滅入る。

「私達、同級生っすから!!」
 高校生くらいの少女と、小学生くらいの小柄な少女を交えたグループがそこにいた。
 傍にいる婦警さんになにか注意でもされているのだろうか?
 そのにぎやかな光景をしばし見つめていた。
 俺だって同年代なのに、何で俺だけこんな目に遭ってるんだろうな。
 小柄な少女が浮かべる何の悩みもなさそうな笑顔にいらいらしてきた。
 ……げ、婦警さんがこっちに来る! 補導されるのか!?
 嫌な汗が吹き出し、脈も速くなる。
 だが婦警さんはさっきのグループの小柄な少女に薦められ客としてここに立った。
 そして左手にフランクフルト持ったまま奇妙な構えをあれこれ模索してるうちに同僚に見つかり連行されていった。
「な、なんだったんだ……」
 気が抜け脱力していると、さっきの小柄な少女がこっちに来た。
8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 11:49:40.90 ID:Q29ZMPfG0
「おにーさん、そっちに並んでるのは当てたらどれでも貰えるの?」
「どれでもOKだよぉ?」
 ああ、喋りかた変だ。
「どれでも?」
「うん、どれでも」
 やばい、緊張が解けたせいか疲れやら眠気やらが激化して襲い掛かってきた。
 朦朧としてきた俺をよそに指を咥え景品を吟味した少女は……。
「おっとお嬢ちゃん、僕は景品じゃないんで」
 ……いっそのこと、お持ち帰りされちゃってもいいかな?

 パコン

「わ!? ほんとに当たっちゃった」
9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 11:52:20.15 ID:Q29ZMPfG0
 険悪な家庭内での折檻やら暴言やらに耐えかね家出。
 身を寄せるあてなどなく、野垂れ死に寸前となった俺を拾ったのがいわゆるヤのつく商売の人たちで、ちょうど夏祭りの時期だったため各地を転々としながらその仕事を手伝うことになった。
 トラックの荷台や仮設店舗という劣悪とは言いすぎだが少々ハードな寝床に屋台の残りものが中心の食生活、そして仕事に関する妥当なものとはいえ厳しい言葉を投げかけられ心身ともに消耗していった。
 そんな中でこれからどうするか何も考えが浮かばないうちにお譲ちゃんの銃撃がトドメとなってぶっ倒れ、今に至る。


 目覚めた病室のベッドでお巡りさんとそういったいきさつを再確認していた。
 俺の処遇について香具師(本来の意味)の人たちにこれといったお咎めはなかった。
 この人たちにすがるしかないと考え体調については問題ないと言い張っていただけに妥当なものだろう。
 短い間だったしきつい生活ではあったが、かつて俺の家族だった人たちの仕打ちに比べれば遥かにマシな生活をさせてくれた恩人たちだったから、お咎めなしということに安心していた。

 俺の数少ない持ち物から身元を探られて家族だった人たちと連絡はついていたのだが、お巡りさんの険しい表情と直接俺が電話口に出されないことから察するに、相当な悪意に満ちた言葉が吐き出されていた模様。
 捜索願いも出されていなかったというから、俺を元通り受け入れるつもりはないらしい。
12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 11:55:23.01 ID:Q29ZMPfG0
 再開されるが進展のないお巡りさんの電話越しのやり取りを、少々変わったデザインの背広を着た男性二人がやりきれない顔で見ていた。
「15人ぶりだな」
「ああ、間違いない、虐待を受けていた人だ」
 訛りでもあるのか人の『ひ』が『し』って発音になってるないやそういうことじゃなくて。
 俺がなんか悪いことしたから行われる躾だと思っていたが、やっぱ虐待だったのか。
「やはりネグレクトか」
「ああ。情が離れた保護者に法や道徳では役に立たんよ」
 一緒にいるのが苦痛だってのに家族としてやっていけるわけがないんだよな。
 まして学費やら生活費やらの負担なんてやってられないだろうし。
 でもどこにも行くとこなんてない。頼れそうな親戚がいたらとっくの昔にそこに身を寄せている。
 さてどうしたものか。この状態で一人で生きていくのは相当な無理があった。
14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:01:15.23 ID:Q29ZMPfG0
「何だとぉおおお!!」
お巡りさんをここまで激昂させるとは、一体なに言ったんだ俺の親。
「バカ者め…」
 腹立ち紛れに机を叩いていた。

 聞き耳を立てる職員さんは冷静にコメントする。
「予想通り、自己正当化中か」
「そうでなければ罪の意識で生きていけんよ」
「ほお、たいした物だ、知能増幅まで可能なのか」
「おまけに悪知恵もついたようだ」
「虐待の再発は時間の問題だな」
 俺の親、妙に口が達者だったな。よその人がなに言っても聞く耳持たないか。

 やり切れない面持ちで電話を切ったお巡りさんが背広の人に向き直る。
「今から白石みのる救済計画の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」
「了解です」
「我々の所有する権限では彼が直面している事態に対し有効な手段がない事は認めよう。だが君なら解決できるのかね?」
「そのための福祉です」
 火傷の痕跡でもあるのか手袋をはめた手でクイと眼鏡の位置を直した顎鬚の職員さんは、てきぱきと養護施設への入所手続きを進めていった。

 案内された保護所とかいうところで素行の調査やら意思確認やらが行われ、数日が経ち…。


「やほー、おにーさん」
 陽気な声で迎えに現れたのは、担当していた屋台で俺を仕留めたあのお嬢ちゃんだった。
15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:01:49.59 ID:Q29ZMPfG0
———————————————–
??「ほーほー、ソレが二人の馴れ初めか」
こなた「うんうん」
みのる「いや、その表現はちょっと。泉も何勝ち誇ってんだ」
??「それにしても、その婦警さん最高。うまく肉付けしたらいい味出すキャラクタになるかも」
18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:05:59.49 ID:Q29ZMPfG0
 新説


「日下部さん、またですか?」
 案内された施設の玄関に入るなり、剣呑な空気が漂っていた。
「た、貸借主忘却の法則は絶対あるってヴぁ!?」
 日下部と呼ばれた八重歯の少女は、職員らしきメガネの女性が怒気のようなものを増加させたことにのけぞっていた。
「そんな法則ありません。施設育ちは非常識という偏見で見られることになりますよ?」
 こうして説教が始まる。
「あー、みさきち、またやっちゃったか」
「また?」
 俺を迎えに来たお嬢ちゃん、泉こなたが言うには、みさきち、もとい日下部みさおは友人とのモノの貸し借りでよくトラブルを起こすらしい。
「これだから施設育ちは、って言われちゃうんだよね。普通の家庭で育ってもそういうズボラな子はいるんだろうけど」
 肩をすくめる。
 いろいろな物を皆で共有するという状況から、施設育ちの子は人のものと自分のものの区別がつかなくなるという偏見をもつ人がいるらしい。
 だがどんなに偏見だと主張したところで、その偏見に合致してしまう行動を取ってしまったら偏見の強化にしかならない。
 だからこそ躾が厳しくなるんだろうな。
19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:07:57.00 ID:Q29ZMPfG0
 それから園長である女性と連れ立って施設の説明を受けながら職員室に向かうが、すれ違う入所者たちの注目をやたらと浴びる。
 新入りってことで珍しいからか? とも思ったが、どうにも違和感がある。
 ……女の子ばかり?
 園長先生の説明によると、保護されるまでに色々あって男性恐怖症になっている子がいるらしい。
 他にも偶然が重なって男女比が偏っていき、いつの間にか女子ばかりになってしまったという。
 だが女だらけの状況もそれはそれで色々と問題が出てきたため、男子も受け入れようと考えていた矢先に俺が保護されたとのこと。
20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:09:33.13 ID:Q29ZMPfG0
 夕食の時間になり、簡単な自己紹介をして食卓につく。
 俺の隣は柊つかさと名乗ったショートカットの子で、緊張の面持ちでチラチラと俺を見た。
「あ、あの、私が隣に座ったの嫌じゃない?」
「へ? 別にそんなことないけど」
「なんか無理してるとか」
「……無理してるように見えるのは君のほうだけど」
 男性恐怖症になっている子がいるというが、つかさがそうなのだろうか?
 あえて俺の隣に座ったのは荒療治のつもりなんだろうか? さてどうしたものか。
23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:11:44.36 ID:Q29ZMPfG0
 あれこれ考えを巡らせていると、みさおが心の底から美味そうにミートボールを頬張るのが見えた。
「あーん、んぐんぐ」
 その様子を、玄関で説教していた職員さんが隣の席で嬉しそうに見ていた。
 彼女は高良みゆきといい、元々この施設の出身だそうだ。
 18歳を超え今年度から職員として就職し、炊事などを切り盛りしてるとのこと。
 みさおのあの笑顔を見たら食事の作り甲斐もあるだろうな。
 などと和んでいたら……。
「ヴぁ!?」
 みさおはミートボールを床に落とした。
 ソレを素早く摘み上げたところで俺の視線に気づき固まる。
「ほ、ほら……3秒ルール3秒ルール!」
「……」
「5秒以内だったら菌がつかないんだってヴぁ」
「な、なんだよ、何も言ってないだろ」
「床は高良さんが綺麗に掃除してくれてるから大丈夫だってヴぁ!?」
 拾い上げたミートボールを口に放り込もうとする手を隣の高良さんがわしづかみにしていた。
「財政の問題からタンパク源が貴重なのは事実です。しかし、そういう無作法は偏見の元ですよ?」
 玄関での説教のような怒気が立ちこめた。
「が、学校ではやらないってヴぁ」
「どんなに気をつけていても癖はついつい出てしまうものです。そうして周りの人に引かれしまったら困るでしょう?」
「わ、わかったよぅ……」
 しぶしぶとではあるが、拾ったミートボールを高良さんが差し出した小皿に置く。
「でも、それだけ掃除が徹底してることを評価してくれて嬉しいです」
 そう言って自分の皿からミートボールをひとつ、みさおに分けた。
 皆高良さんの怒気に気圧されていたが、こういったことは日常茶飯事だったらしくすぐ和やかな食事が再開された。
25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:12:30.63 ID:Q29ZMPfG0
———————————————–
??「うわははは、3秒ルール採用!」
みさお「うぅ?、恥ずかしいよぅ」
??「大丈夫大丈夫、演出次第で笑えるエピソードにできるから」
みさお「うぅ?」
こなた「今になって思うと、あの状況ってギャルゲーやエロゲーみたいだね」
みのる「女の子が堂々と言うなっての」
??「規制に引っかかりそうだからそこらへんのネタは使えないかなー」
26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:16:15.17 ID:Q29ZMPfG0
 防御不可


 食後、食堂と繋がった共同スペースにてこなたと共に年少組の子達と遊んでいた。
 いや、正確には……。
「潰れる潰れる、大勢でのしかかるなー!」
 もてあそばれていた。
「あはは、男の人が相手だと年少組も遠慮なしだねー」
「泉までのしかかってどうする……」
 こんな状況下で年少組と遊ぶこなたを観察していると……。
「さぁ、始まるザマスよ」
「ジェットストリームアタック」
「うーんマンダム」
「だって、涙が出ちゃう。女の子だもん」
「スケキヨです」
「恐ろしい子!」
 といった具合にやたらと古くてマニアックなネタを披露していた。
 俺は懐かしのテレビ特集の類でしか見覚えのないネタを、こなたは身振りまで見事に再現している。


 そして年少組の子から頭にジュースをぶっ掛けられたこなたは、洗面台で頭を洗っていた。
 俺が追加のタオルを持っていくと、大昔のシャンプーのCMを真似ていた。
「にーさんにーさん、ティモテ、ティモテ、ティモテ?♪」
「お前いくつやねん」
 本当にいくつなんだろう? あの縁日のときのグループと同年代、つまり俺とも同年代らしいんだが。
「あー、私、年齢不詳だから」
「え?」
「私がすごく小さい頃、屋根裏部屋に閉じ込められてたんだよね」
 予想だにしていなかった話に呆然としていると、通りがかった園長先生を交えてものすごい補足説明が始まった。
27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:18:19.21 ID:Q29ZMPfG0
 とある古びた一軒家で激しい言い争いがあるという通報があり、警察が踏み込むと住人の男女は心中を図ったのか既に死亡していた。
 そこで保護された少女がこなただった。
 DNA鑑定の結果その男女が両親であることこそ証明されたが、異常なまでに近所づきあいが希薄だったため少女の存在は誰にも気づかれておらず、生い立ちを知るものは皆無らしい。
 親からは、おい、とか、お前、といった呼び方しかされておらず、こなたという名は保護されてから施設の職員(話しぶりから察するに園長らしい)につけられたものだという。
 親は妊娠を公にできない事情があったらしく、出生届すら出されていなかった。
 この状況下で、こなたは保護されるまで閉じ込められた部屋に収納されていた数々の漫画やゲーム、ビデオなどを見て過ごしていたという。
 やたらとマニアックで古いネタを乱発するのはその名残らしい。
 言葉や文字はこうして断片的に覚えただけであり、人並みに会話や読み書きができるようになるまで相当な訓練が必要だった。


 こんな話をこなたは平然とした態度で語り、園長先生は真剣な顔で補足していた。
 その顔から察するにホラではないらしい。
「そ、そうなんだ……悪い……」
 平然と話せるのはこなたの強さなのか、はたまた社会的にどんな意味を持つのか理解してないだけなんだろうか。
「だから見た目はどう見ても○学生なんだけど18歳以上って設定にして攻略対象にできるよ」
「突っ込みづらい雰囲気の時に余計な事言うなっ」
28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:19:09.17 ID:Q29ZMPfG0
———————————————–
??「う?ん……」
こなた「あー、18歳以上だとこの福祉の対象じゃなくなるんだっけ」
??「事情によっては延長できるけどいやいやそういうことじゃなくって」
みのる「この話はヘビー過ぎますね。ほとんどサイコスリラーの世界だし」
??「でも、マニアがニヤリとするネタを脈絡なく盛り込むのはウケるかもしれんな」
みのる「いいんすかソレ」
30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:31:17.99 ID:Q29ZMPfG0
6巻P028

 女子が入浴終えたというんで風呂道具揃えて部屋を出る。
 廊下を歩いていると、すれ違う子がことごとく湯上りでシャンプーの香りがして俺の心をかき乱した。
「平常心平常心……」
 などと自分に言い聞かせながら歩く。
「……ん? 別にいーじゃん家なんだしさ」
 前方の共同スペースからみさおの声が聞こえた。
 この施設ではそこと廊下に仕切りはなく、直角に曲がった壁の角からほっそりとした腕と引き締まった脚が伸びていた。
 声の方向から考えると、そこに彼女が座り込んでいるようだ。
 更に進み彼女の横に差し掛かると、物凄い光景が視界を占め俺は固まる。
「暑いんだし仕方ないじゃんなぁ? 皆あやのを見習えって言うんだよなー」
 などと、丁度いい位置で固まってしまっていた俺の肩に寄りかかり同意を求めてきた。
 生々しく伝わってくる火照りやら柔らかい感触やらで俺の脳は完全にフリーズする。
 湯上りの彼女は下着姿で肩にタオルかけたあられもない格好で麦茶を飲んでいたのだった。
「別に男がいるわけじゃねんだから気にしなくていいんだって……ヴぁ!? そ、そうだった!」
 同意を求めた相手である俺の性別をようやく認識しバタバタと逃げていった。
「……俺、いないほうがいいんだろうか」
 皆が苦笑する中うなだれる。やっぱ男は俺だけってのは居心地悪い。
「いえいえ、最低限の緊張感は持ってもらわないと」
 傍にいた高良さんのフォローが入る。
 なるほど、園長先生が言っていた女だらけの問題とはこういうことか。
31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:33:20.80 ID:Q29ZMPfG0
 気を取り直して単独でフロ入る。本当に男は俺一人なんだな。
 共同生活ならこういう光熱費は安く上がると言われていたが、大き目の風呂に一人ってのはなんか贅沢してるような罪悪感を感じた。
「にーさんにーさん、悪いけどゆーちゃんと一緒に入ってやってくれない?」
「え? 泉か?」
「ほらほら、そのままじゃ気持ち悪いでしょ」
「むー」
 ドア越しに可愛いうなり声が聞こえた。
 確か、こなたによくなついていた年少組のゆたかって子だっけ。
「俺は構わないけど、どうしたんだ? 女子はとっくに全員入ってたんじゃなかったっけ?」
「そうなんだけど、ちょっとね。ほら、ガス代だってバカにならないんだから」
 俺が香具師の人たちと生活してたときは銭湯通いだった。
 たまにゆたかちゃんくらいの子でも平然と男湯に入ってくることがあったからそんな変なことでもないと思ったが、気にする子もいるか。
「……って」
「わ、きゃ、見ないで!」
 反射的に焦点を合わせてしまったのは、庇護されるべき子供の体にあってはいけない数々の痕跡だった。
 施設に入る原因として充分に考えられるもの。そして俺も経験したこと。
32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:34:05.89 ID:Q29ZMPfG0
 いや、それだけじゃなかった。
 鼻をくすぐるかすかなアンモニア臭。
 ゆたかちゃんはシャワー浴びながら弁解を始めた。
「あ、あのね、いつもじゃないんだよ。でもたまに失敗しちゃうことがあって」
「失敗?」
「ゆーちゃんね、ここに来るまで色々あって、おしっこの感覚わからなくなっちゃってるんだ。あ、乱暴されてひぎいいってなって破れちゃったわけじゃないよ」
 擦りガラス越しのこなたの補足は少々不適切というか適切すぎて不適切だったが、どうやらゆたかちゃんは外科的な問題ではなく精神的なショックか何かで排尿のコントロールがうまくできなくなったらしい。
 そして失敗し、こうして女子の正規の入浴時間以外に入る羽目になったようだ。
33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:35:42.28 ID:Q29ZMPfG0
 幸か不幸か男の俺に対しさほど抵抗は示さないので、スキンシップとったほうがいい影響があるかと思い背中を流してやる。
 年が離れた妹がいたらこんな感じなのかな。
 裸の付き合いということで否応なくゆたかちゃんの体が目に入る。
 ある程度は治癒したのだろうが消えずに残ってしまった傷跡、アザ、火傷……その中には、明らかにタバコを意図的に当てたものもあった。
 それらは俺と同様に背中や腹など、普通に服を着ていたら隠れてしまう部分にだけ存在した。
 ゆたかちゃんの場合は力を込めたら痛がるかもしれない。そんなわけで痕跡を避けるため、余計にそこを凝視してしまう。
 鏡越しに、ゆたかちゃんが心地よさそうに目を細めるのが見えた。
 胸に暖かいものが広がる。
 それなのに、親はどうしてこんなひどいことができたんだろうな。
 親子なのに、どうして。
 もう、人間なんて滅んでしまったほうがいいのかもしれない。
 そんなことを考えた俺の顔を鏡越しに見たゆたかちゃんは不安げに口を開く。
「やっぱり、こんな女の子じゃ男の子は嫌いになるよね」
「う、そ、そんなやつ見る目ないよ、こんなに可愛いのに。こんなの見たぐらいで嫌いになる奴なんかほっとけばいい」
 いや、この可愛いってのは保護欲というか母性本能ならぬ父性本能であって、俺はロリコンではない……って、誰に言い訳してるんだろうね俺は。
「うー、こなたお姉ちゃんは、頻尿はステータスだ希少価値だって慰めてくれたけど」
「こだわってるのはそっちかよ! いや、そりゃ希少ではあるけどさ」
 どうやら、風呂に入る早々見ないでと叫んだのはそっちの汚れを気にしていたためらしい。
 男の俺と入ることや痕跡を見られるのは割り切っている模様。
 俺の体にも残るソレを見て、妙な仲間意識を抱いたんだろうか。
「こんなのに価値を感じたら人として終わってると思う」
「だよなー」
 すまない、文字通りションベン臭い小娘は俺も流石にお断りだ
34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:36:58.31 ID:Q29ZMPfG0
「ゆーちゃん、着替え持って来たよー」
 ドアの擦りガラス越しにこなたのシルエットが見えた。
「ありがとーこなたお姉ちゃん」

がら

「にーさんにーさん、言い忘れてたけど、ゆーちゃんは私と違って外見どおりの年齢だから攻略しちゃ駄目だからね?」
「するか!」
 こなたは茶化して速攻で退散していった。
 やれやれと呆れながらゆたかちゃんを見ると……。
「そのふくれっ面は何に対してございましょうか? というか攻略の意味を察するな!」
 この施設、教育によろしくない発言が数多く飛び交っている模様。
 こりゃ確かに、施設育ちの子が非常識と見なされることもあるかも知れんな。
35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:38:49.89 ID:Q29ZMPfG0
 自室に戻る途中、パジャマ姿のみさおとすれ違った。
「く、日下部……さん、さっきは変なとこ見てごめん」
「あ……白石ー、あ、あはは、まっ、さっきのは気にしないでくれなー」
「ああ」
 頭かきながら笑っていたみさおは俯いた。
「私、ズボラで色々失敗しちゃってさ、みっともないとこたくさん見られて、ダメな女だよなー」
「いやいや、そんなことないって」
「みゅ?」
 みさおは落ち込んだまま。さてはて、どうすりゃいいんだ。
 そうだ、こなたがゆたかちゃんにしていたみたいに、萌えでフォローしてみるか。
 みさおの特徴として……。
 バカキャラってのは言いすぎだがわかりやすい子だと思う。でもこれも追い討ちになるか? うーむ。
「いやいや、そのズボラなのも元気なところと合わさって魅力なんだって」
 うう、ヘタなナンパみたいだ。
「そ、そうかな?」
 パァ、と顔をほころばせた、どうやら成功の模様。
「ああ、その八重歯も可愛い。小悪魔チックだ」
 何言ってるんだ俺。
「え……!? えへへ、可愛いかな、これ。でも歯があたったとこがよく口内炎になるんだよなー」
「そ、そうか、そりゃ大変だな」
「それに、この辺りは小さいころ虫歯になったんだけど保険払ってないからって歯医者連れてってくれなくて」
「ん……!?」
 みさおはガタガタ震えだした。滝のように汗をかき始め、呼吸も荒くなる。
「ど、どうした?」
「い……痛いって泣いてたら父さん怒り出してペ、ぺンチ取りだ出してめめ滅菌とか言ってココ、コンロで焼いたマ、ママ、マイナスドドド、ドライバーを歯に」
「わー! 無理に言わんでいい言わんでいい!」
 駆けつけてきたみゆきさんとともに色々と安心させる言葉をかけ、自室へ移動させた。
36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:44:42.12 ID:Q29ZMPfG0
 みさおはベッドでぐったりとしていたが、しばらくして汗は引き、荒くなっていた呼吸は落ち着いてきた。
「ごめん! 無神経だった」
「いや、白石は悪くねー。こっちこそ驚かしてごめんなー」
「一体なんだったんだ」
「う?。チビッ子のマネしてサラっとカミングアウトしようとしたけどダメだった?」
 チビッ子とはこなたのことか。ものすごい過去を知らされたときの光景を見てたんだな。
「いや、そうそうマネできるもんじゃない、アレは。それに話を振った俺が言うのもなんだけど無理に話すこともないんだしさ」
「いや、そうもいかねんだ?。この前、医療系の番組で歯並びの特集やってたんだけど、歯並び悪りーと噛み合わせの問題から体中にヘンな力がかかって骨格おかしくなって全身ボロボロになるって不安煽る内容でさ、
真に受けた友達が治せ治せってしつけーんだ。私のこと心配してくれてんだから無碍にもできなくてさ?」
「そっか……でも、事情は壮絶で話すに話せないよな……」
「あー、ドン引きされるなー。でも遠まわしに話してもダメだったし。だからどの程度説明すりゃ納得してくれるかなって考えてたときだったんだ、白石とすれ違ったの。そんとき話題に出されたもんだからテンパッちまってな?」
 そうして思わず口にしてしまったのがきっかけで恐怖の記憶を呼び覚まし、パニックの発作を起こしてしまったらしい。

 ゆっくり休めということで退室する。
「白石ー」
「ん?」
「コレ、か……可愛いって言ってくれてありがとうなー」
 八重歯を覗かせはにかんだみさおは、フォローといった理由抜きに可愛く見えた。
37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:46:23.48 ID:Q29ZMPfG0
 無人になった職員室。
「びっくりしました? ここに来るまで色々あって、深い傷を負っている子もいるんです」
「すみません、気をつけます」
「いえ、そんなに気を使わなくていいですよ」
 以下、高良さんの話によると……。
 雑談の取っ掛かりとして世間では無難とされる話題も、家庭環境が悪いと地雷がゴロゴロ埋まっていることがある。
 共感を得にくい問題と日常生活が密接に絡みあうことも多く、無難に話せる話題の引き出しは非常に限られてくる。
 しかし相手に配慮を要求していたらキリがない。
 家庭の事情やらなにやらがあるとはいえ、周りの人が気を使い続けることに疲れ、距離を取られ孤立することも少なくない。
 だから、かわし方、ぼかし方、無難な説明の仕方も学ばねばならない。
「というわけで、新しく入ってくる人に予備知識を与えておくわけにもいかないんです。免疫つけなくてはなりませんから」
「は、はぁ……」
 練習台かよ。
「さっさと忘れろとか大げさだと責めることなく、自分が無神経だったと詫びてくれましたね。そういうスタンスでいいと思いますよ」
「……わかりました」
38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:47:59.44 ID:Q29ZMPfG0
 確かに俺も、高良さんが語ったパターンに見事に当てはまっていた。
 雑談で振られた話題がことごとく返答に困るものだったり、少しでも話を膨らまそうとするとたちまち不幸自慢と受け取られたりドン引きされそうな問題に触れてしまうため、学校の仲間との会話で苦労していた。
 そのためか、あまり親しい友人はできなかった。
 これからふたたび学校行くことになったらまたそういう問題の当時者になるんだもんな。
 お互い様か。
「日下部さん、普段はあんなに取り乱さず落ち着いて事情話せるようになったんですけど、今日はちょっと心に余裕なかったみたいですね」
「余裕?」
 みさおとのコレまでの接触を考えると……。
「俺、本当にここにいていいんだろうか」
 お互いに刺激が強すぎる。
「いいんですよ。部屋出るときに見せた日下部さんの笑顔、あれは作り物ではありませんから。余裕がなくなった原因は、ネガティブなものではなさそうですね」
 妙な火照りの生まれた俺の顔を見て高良さんはクスクスと笑った。
 俺、本当にここでやっていけるのかな?
39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:48:47.59 ID:Q29ZMPfG0
———————————————–
??「サービスショットということで採用!」
みさお「うぅ?、恥ずかしいよぅ」
ゆたか「私もやだよー!」
??「冗談だよ、本人の意思は優先する。第一ここら辺はヘビー過ぎるし色々と条例に引っかかりそうだ」
こなた「面倒な時代になっちゃいましたねー。昔は銭湯を舞台にしたドラマだってあったのに」
??「……(『時間ですよ』のことか? 本当に偏ってるなこの子)でもゆたかちゃんいい子だなー、飛び級小学生ということで出してみるか」
みのる「おいおい」
??「それとも同年代なのにものすごく小柄な体格ということで乗り切るか」
ゆたか「むー!」
40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 12:58:37.19 ID:Q29ZMPfG0
 連呼危険


 今日も今日とて一人で入浴、今夜はゆたかちゃんが失敗して入りに来ることもなかった。

 がら

「……え?」
「オヨヨ!!」
 やっぱりゆたかちゃんが来たかと思ったが、そこにいたのは身をすくめた全裸のつかさだった。
 慌てて出て行き、擦りガラス越しに謝罪してきた。
「ご、ごめんなさい。そうだよね、白石君『も』みんなの後だよね、男の子なんだし」
 電気ついてるのに深く考えず入ってきたのは女だらけの状態が長かったせいだろうか。
 とにかく、つかさもゆたかちゃんみたいに突発的に風呂入らざるを得ない状態になったのだろう。
 というわけで手早く体を拭いて上がると、つかさは脱衣所でバスタオル巻いて待機していた。
 そのあられもない格好ゆえ仕方のないことだが、彼女は怯えるように俺と距離を取り、入れ違いにそそくさと入る。
 少し開けた扉からバスタオルを置きながら扉越しに話しかけてきた。
「えっと……見た?」
「ごめん、チラっと」
『も』という接続詞から、つかさは女装してる男なのかとも考えてしまったが、見えてしまった体はどう見ても女体です本当にありがとうございましたって誰に何で礼を言ってるかね俺は。
 そりゃたしかに有難いものを拝ませてもらったわけだけどいやいやそういう問題じゃなくて。
「ギョッとしたよね、あの傷あと」
「えっ」
「えっ」
「なにか傷があるの?」
「見たんじゃないの?」
「いや、その、体、チラッと」
「えっ」
「えっ」
 気まずい沈黙に耐えられず、強引に会話を打ち切り自室に戻った。
41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:00:02.85 ID:Q29ZMPfG0
「……眠れん」
 あれから数時間経ったが、ただでさえ女だらけのこの環境であんなの見せられては辛抱たまらん。目に焼きついて離れない。
 つかさには悪いのだが、処理させてもらうべくティッシュに手を伸ばした。

コンコン

「白石君、起きてる?」
「その声……柊さん?」
「うん、入っていい?」
「なっ!? ちょ、ちょっと待て!」
 夜中に男の部屋に入るなんて何考えてるんだ?
 だが。
「やっぱり駄目? そうだよね、ごめん」
「いや、構わない。ど、どど、どうぞ」
 こんな状態の俺が女の子を招き入れたら大変なことになりそうだが、つかさの声には拒んだらそれはそれでどうにかなってしまいそうな危うさを感じた。
 神妙な顔で入ってきた彼女はパジャマ姿で、これまたシャンプーの香りがして俺を惑わせる。
 いったい何を考えてるんだと動転していたら、後ろ手にドアを閉めたつかさは俺に背を向け……脱ぎだした。
42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:01:28.81 ID:Q29ZMPfG0
「わ? な、ちょっと」
 慌てて目を背ける。
 やっぱりつかさは男性恐怖症で、乗り越えるための荒療治のつもりなんだろうか。はたまた、過去に色々ありすぎて自分に価値を見出せなくなり自暴自棄になってる?
「いいの、見て」
 やはり危うさに満ちた声だった。
 仕方なくゆっくり振り向くと、つかさは上半身があらわになり、胸を右手で押さえていた。
 俺やゆたかちゃんのように傷や火傷などの痕があるのかと考えてしまったが、今も風呂でチラリと見てしまったときも腹などにそういったものは一切見受けられず、ただひたすらに綺麗だった。
 今抑えている胸に傷があるのか、それをこれから見せようとしてるのかとも考えてしまったが、抑えた右手はそのまま、左手をゆっくりと上に伸ばしてゆく。
 その際、かすかに顔をしかめた。一呼吸置き、更に上に伸ばしていく。
 扇情的なポーズのつもりなのだろうか。
 ポーズ自体にはさほどそそられなかったが、そんなことしなくても俺には十分に刺激的な姿だった。
 さりとて襲い掛かるわけにもいかず、円周率やら素数やらを数えて気を逸らしていたら、つかさはおずおずと口を開いた。
「えっと……白石君、大丈夫?」
「大丈夫って、何が」
 不能と思われてるか?
43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:05:10.66 ID:Q29ZMPfG0
「その……臭くない? 鉛筆の芯とか鉄サビとかパルサミコ酢とか野良犬とか玉ねぎみたいなニオイがしたり、目にしみたりしない?」
「へ? な、なんだそりゃ? そんなの全然ないけど」
「本当? 本当に本当? 信じていい?」
 迫ってきた。胸を押さえてでできた谷間やら可愛い顔やらで視界が埋め尽くされる。
「う、嘘ついてどうすんだよ、シャンプーのいい香りしかしないって」
 やばいやばいやばい、マジでどうにかなりそうだ。
「……本当、信じて大丈夫みたい」
「え?」
 つかさは顔を赤らめ下を見ていた。
 視線の先には……。
 慌てて飛びのき座り込む。
 体は正直に反応していた。
「あはは、本当に臭かったらHな気持ちなんか吹っ飛んでTINTINしぼんじゃうよね」
「なっ!? ちょ、ちん……あれ? 臭いって?」
「私ね……その……わ、ワキガだったんだ」
「へ!?」
「お風呂でどんなに念入りに洗って毛の処理してデオドラント吹き付けてもすぐ臭っちゃうくらい重症だったの」
 一呼吸置いてまた腕をあげ、腋を見せ付けられる。
 そこにはひきつれたような傷が縦横に走っていた。
 腕を上げる際に顔をしかめたのはこのせいらしい。
 洗いすぎたせいなのかその一帯は赤くなっている。
 それとなく鼻をひくつかせてみたが、不快な臭いなど一切なく、ただ俺の理性を破壊しそうないい香りしかしなかった。
「そ、それって、ひどいのだと手術が必要とは聞いたけど、そんな傷残るものなのか? その医者、ヤブじゃないのか?」
「違う違う、ヤブじゃなくてヤミなんだよね」
 つかさが着衣を直しながら語った内容によると……。
44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:07:39.80 ID:Q29ZMPfG0
 彼女は手術を望んだがそれは叶わなかった。
 裕福な家庭ではないが、保険がおりる(みさおの親と違いきちんと納めてはいたようだ)から費用はさほど問題にならないはずだった。だが親は手術を許可してくれなかったという。
 自分を体臭で疎んじる世の中に激しい敵意を持ち続け、そんな人間同士で傷を舐めあっていたのが両親であり、ワキガはその遺伝だった。
 だから、敵と見なした一般人の快適な生活のため体にメスを入れるという行為が許せなかったという。
「でも、私のニオイで苦しむ人はそんな家庭の事情なんて関係ないし、親の許可がなきゃお医者さんだって手術するわけにも行かなかったし」
 そんなわけでネットで探し出したヤミ医者になけなしの貯金全額はたいて依頼したという。
 だが、設備や技術に問題あったため酷い傷が残ってしまったらしい。
「これで親が反省して私や皆の気持ちに真剣に向き合って、皆と仲良くやっていこうと考えてくれればよかったんだけど、ダメだった。ますます意固地になって、私の顔見るのも嫌って言い出したの」
「そんな無茶苦茶な方法で自分らの生き方を否定されたら、もう家族としてやっていけなかったのかな」
「うーん、親は私が自分たちの子供かどうか動物みたいにニオイで識別してたんじゃないかな。それなのにニオイの元を取っちゃったからわからなくなったのかも」
 などとつかさは笑うが、俺は笑えなかった。
 こうして家庭内が険悪になった矢先に親は職場で体臭に関するクレームや人間関係のトラブルが蓄積してとうとうクビになり、養育不可能と見なされつかさは保護されたという。
45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:09:55.25 ID:Q29ZMPfG0
 他の子同様に壮絶な経歴に呆然としていたら更にものすごい発言が飛び出す。
「本当はまだニオイの元が残ってるのにみんな気を使って平気なフリしてるんじゃないかって不安でしょうがなかったの。だけどTINTINは嘘つけないもんね。だから本当に安心できたんだ、男の子が来てくれてよかった」
 そう言って目をぬぐう。
 こんなことで涙ぐむとは、どんだけコンプレックスだったんだ。
 臭ってるかどうかの確認が夜這いの目的だったらしい。
「なんちゅう確認方法だ。俺に襲われる心配は無いのかよ」
 正直言って、辛抱たまりません。
「あ、あはは、一応退路は確保してあるし……って、もしかして、白石君はニオイフェチだったりする? 臭いからこそTINTIN元気になっちゃったのかな?」
「違う! 俺を変態にするな! 普通に可愛いしセクシーだしいい香りだからこうなったんだっての!」
「えっ!?」
 俺の発言で真っ赤になる。
 これまでにやらかした大胆な行動や乙女が口にするのははばかられる単語の連呼に比べりゃ俺の発言なんて可愛いものだと思うが。
 乙女心は複雑だ。
46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:10:51.55 ID:Q29ZMPfG0
「というわけで、用が済んだなら出て行ってくれないか。あ、臭いからじゃないぞ? 俺が、その……このままじゃどうにかなりそうだからだ」
「あ、うん! 信じる」
 などと明るく返事するが、俺のベッドに腰掛けたつかさはいつまでたっても自発的に出て行こうとしない。
 椅子の背もたれを前に回してのしかかり前傾姿勢で座る俺を見る彼女の顔には、悪戯っぽく少々サディスティックな笑みが浮かんでいた。
 今の俺は立ち上がることすら困難であることを見抜いてやがる。
 まったく見れば見るほど可愛い子悪魔だぜ、お前は。
 崩壊家庭出身の俺ですら、久しく錆ついてた願望がうずいてくる。


 埒が明かないので仕方なく、前かがみの情けない体勢でつかさを追い出す羽目になった。
「きゃぁきゃぁ♪ あはは」


 ケッ、笑ってやがる。
 てめえなんぞ、この夜の終わりまでベッドで眠ってりゃよかったんだ。


 などと内心で某アニメの平民出の軍人さんみたいな悪態をつくのだった。
47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:11:50.65 ID:Q29ZMPfG0
———————————————–
??「……これまた、凄い」
つかさ「あ、あはは、このネタは流石に使えませんよね?」
みのる「使わないで下さい?!」
こなた「いやいや、木琴でピロリロリンって擬音鳴らして前かがみになって痛がれば」
??「『毎度おさわがせします』のノリはこの時代では通らないって。(本当に偏ってるなこの子)」
ひより「タイトルの『らき』を『わき』って置換したフェティシズム全開の同人誌書かれそうっスね」
こなた「まだ本編できてもいないのに2次創作考えるのはイタいって」
??「う?ん、不条理ギャグとして『臭くってさ?』という問答を所々に入れようと考えてたけど、つかさちゃん傷つくか」
つかさ「いえ、もう大丈夫です。自分のことじゃないって信じる根拠、見つかりましたから」
みのる「うぁあああ」
48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:36:12.69 ID:Q29ZMPfG0
 何この違い


 学校などの手続きで事務所に入ると電話が鳴った。職員さんは全員手が離せないというのでとりあえず俺が出る。
 高良さんを出してくれという。女性があれこれわめく後ろでは妙な雄たけびが聞こえた。
 この雄たけびは嫌な記憶を喚起する。
 高良さんを呼び、電話かけてきた人の名を告げると事務所の空気は一転、張り詰めたものになった。
「行ってきなさい」
 園長が高良さんの背を押し、彼女は不安げに受話器を受け取った。
「あの……園長先生、俺、まずいことしましたか?」
「まずいといえばまずいですが、覚悟しなくてはならないことですから。これからは君も当事者になるかもしれません、よく見ておいたほうがいいですね」
 他の職員さんも固唾を呑んで見守り、あるものはファイティングポーズを取って高良さんを鼓舞していた。
 彼女を見守りながら園長先生の話を聞く。
「苗字こそ違いますが、電話の人は高良さんの母です」
「母!?」
「親の中には、子を散々邪険にしていたのに就職が決まった途端に金の無心をしてくるゲス……失礼。悲しい人がいるんです」
49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:42:31.42 ID:Q29ZMPfG0
「扶養義務? じ、自分の生活を犠牲にしない範囲と規定されてます。そして、あなたたちの面倒見る余裕なんてまったくないわ」
 高良さんは震えながらも、それでも力強く言い放った。

「よく言えました。その規定を知らないばかりに親や周囲の人間からあの義務を振りかざされ、歪んだ家庭に縛られる子も少なくないんです。
まあ、あんな身内でも扶養する余裕ができるほど給料出せない上に多忙なこの業界にも問題あるんですが」
 高良さんの、勤めて冷静にしつつも激しい情動のこもった問答は続く。
「本来こういう扶養に関するやり取りは役所の人が間に入り、子の回答を親に伝えはしても連絡先を教えることはないはずなんですが、知り合いを通して嗅ぎ付けてくることがあるんです」
「お、俺、とんでもないことしてしまった」
「いえ、この施設にいるらしいと知られた段階で突撃は避けられません、それがほんの少し早まっただけですよ」
「……俺んとこもそうなるのかな」
「情で動く人間に理屈は通用しませんから覚悟は必要です。いざとなったら我々が守ります。だから、ここにいる間に立ち向かえる力を身につけなさい」
 高良さんの問答には、成績を褒めるどころか兄へのあてつけだと責められたとか兄ばかり優先して自分はないがしろにされ、更には熱出しても放って置かれたといった話が出てきた。
 きょうだいの間で異常なまでのえこひいきが行われていた子がいるが、彼女の家庭もそうだったようだ。
50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:55:44.85 ID:Q29ZMPfG0
「助け合い? 兄が、私の何を助けてくれました? 私は兄そのものから助けて欲しかった!」

「助けてって……兄が酷い人だったんですか?」
「暴行、暴言、略奪、破壊、拘束、セクハラ……行いそのものを見るならとんでもない人なんですが、そう解釈するわけにもいかない厄介な問題があったんです」

「好きで障害者に生まれたわけじゃない!? 私だって好きで障害者の妹に生まれたわけじゃない! だいいち兄が人様に迷惑かけたのは全部好き好んでやったことでしょう!?」

 周りの職員が高良さんにGJ! と言わんばかりにサムズアップしている中、園長先生が説明する。
 電話で聞こえた妙な雄たけびは兄のもので、脳に障害があるという。
 親はその兄に過剰に感情移入してしまい、感覚がおかしくなっていた。
 そのためか健常児である高良さんに自由を与えず、介護要員としての過酷な教育が行われていた。
 しかし、その待遇は障害者がいる家庭に生まれたのだから当たり前だと正当化されていたらしい。
 兄は偏った思想に基づき無理矢理普通学級に通わされ、適切な教育を受けられなかった。
 その結果、体格は向上しても善悪の判断や自制心といった社会性は育たず、大人にも手におえない乱暴者になってしまったという。
51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 13:57:07.78 ID:Q29ZMPfG0
「テレビでは純粋な心を持った天使なんて表現されますが、そういう無難なケースしか放送しないだけなんでしょうね」
 数々の込み入った説明は、俺がテレビで扱えるような無難な事例しか知らず、高良さんが天使のような存在を疎んじ目くじらを立てているかのように錯覚して、
綺麗ごとを振りかざし非難する可能性を恐れてのことらしい。

 障害のせいか教育の問題かは不明だが、兄は要求が満たされたことそのものに笑みは浮かべても世話した人にそれを向け感謝することは一切なかったし、人間的な成長もなかったという。
 その一方で要求はどんどんエスカレートし、少しでも機嫌を損ねると癇癪起こして暴れ、怪我させることもあった。
 それでも、とどんなに懇切丁寧に物事を教え人として社会生活できるように指導しようとしても反発し、かろうじて覚えたこともすぐ拭い去ったように忘れてしまったという。
 こんな兄の世話は、穴の開いた水槽に水を注ぎ続けるような空しいものだったらしい。
 こうして彼女は心身の疲労で倒れ、そこでようやく親でも障害者団体の人間でもない他の大人の目に触れ、児童相談所に連絡が入ったのだった。
52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 14:02:46.27 ID:Q29ZMPfG0
 障害を持つ本人が一番辛いなどとよく言われるが、健常者として様々な義務や責任を背負った上で世話やトラブルの尻拭いをさせられる介護者はどうなのか。
 介護で忙殺されることのない青春を謳歌してきた大人が親として、または自分の意思で選択した仕事として障害者を世話すること。
 子供が青春を謳歌するための時間を犠牲にして、無償で、自分が生んだわけでも自分を生み育ててくれたわけでもない、自分と同じかそれ以上の体格の障害者を介護していくこと。
 身内だからと思考停止し、この違いに想像力が回らない人間が多すぎた。
「そういうわけだから、あの子のこと愛がないなんて責めないでやってね」
「……はい」
53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 14:07:00.61 ID:Q29ZMPfG0
「あなたたちが欲しかったのは私じゃない! 兄の世話係でしょう? だけど私にだって自分の人生がある、私だって一人の人間なのよ!!」

 高良さんは悲痛な声で言い放ち、折れそうな勢いで受話器を叩きつけた。
 園長は激しい情動で震える彼女の肩に手を置く。
「頑張った、感動した」
 園長の言葉に、彼女はうめくように泣いていた。

 園長によれば、親が属する団体が出版した本には、障害児のきょうだいは優しい子に育つと書かれていたそうだ。
 だがそれは、きょうだいを介護要員として都合のいいように仕向けるためのプロパガンダでしかなく、健常児は押し付けられた幻想に自分を無理矢理当てはめないと居場所がなかっただけらしい。
 そんな環境で育った高良さんが親に自分の心情を吐露するのはどれほどの勇気が要っただろう。
54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 14:10:33.95 ID:Q29ZMPfG0
 この施設で炊事などは当番制で、職員さんと入所者が共同で行う作業も多い。
 そして今日は俺と高良さんが夕食の担当だった。

 俺は自炊生活が長かったが、腕前や手際は彼女と比べると雲泥の差だった。
 食事抜きが日常茶飯事だったため、親の目を盗んで台所から持ち出した食材やレトルト、そして近所の山林で採取した動植物を、自分の部屋や現地でどうにか食べられるようにする必要があった。
 こんな状況下で編み出したした料理のスキルは非常に特殊なもので基礎などまるでできてなかったため、香具師の仕事で食べ物は担当させてもらえなかったのだ。
 そんなわけで高良さんの助言を受けながら作業は進む。
 事務室の一件をごまかすように、説明にそのつど感謝し、料理の腕前や手際、そしてこれまでに見てきた年少組の甲斐甲斐しい世話なども話題に上げ賞賛していた。
 だが、そのネタも尽きてしまい沈黙したとき、彼女が口を開いた。
55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 14:12:50.23 ID:Q29ZMPfG0
「昼、嫌なところを見せてしまいましたね」
「すみません、俺が不用意に取り次いでしまって」
「いいんですよ。その……私のこと軽蔑しますよね、障害がある身内に冷たいって」
「とんでもない。世話で嫌な思いした経験なら俺にもありますから。もっとも、身内ってことで逃げ道の無かった高良さんに比べればずっとずっと楽な方なんだけど」
 俺が通っていた学校でも重度の障害児が編入され、世話係にされた俺はとんでもない苦労をしていたのだ。
 俺の発言で高良さんは緊張を緩めた。
 あの時もそうだった。深刻な被害や負担を蒙った者とそうでない者とでは大きな温度差があり、迂闊に本音は出せなかった。
 同じ、または似た経験がないと分かり合えないなんて、言葉ってのは不便なものだな。
「……親は、いつかは立ち向かわねばならなかった相手ですから。それに、ここで職員として働く以上はああいう元保護者から子供達を守らねばなりません」
56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 14:25:57.32 ID:Q29ZMPfG0
 しばらく作業が続く。
「腕前や手際を褒めてくれましたが、アレは全部、介護と家の手伝いなどを両立させるために編み出した技なんです」
「あ……!」
 みゆきさんの数々のスキルもまた、苛酷な環境で編み出さざるを得なかったものだった。
 俺の料理同様、肯定的には捉えられず褒められても嬉しくはないようだ。

 園長の話では、彼女は自分の希望が介護と衝突したら容赦のない折檻が行われたという。
 そのうち、誰かの世話をしていないと責められるという強迫観念が植え付けられたそうだ。
 子供達を献身的に世話をしているのはそのためらしい。
57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 14:28:45.46 ID:Q29ZMPfG0
 優秀な成績や体育祭での活躍すら、健常者ならできても当たり前と一蹴されるか兄へのあてつけと非難された。
 兄は兄で人並みに自尊心や嫉妬心は持っていたため、妹の活躍にたちまち機嫌を悪くした。
 そして精神年齢ゆえその気持ちはきわめて幼稚かつ原始的なやり方で発露された。
 遊びの時間も一応確保されていたが、それは兄と一緒であることが条件であり、結局は介護の延長に過ぎなかった。

 こうして、高良さんは自分自身がしたいことを考えられなくなったという。
 折檻されたくない、噛みつかれたくない、叩かれたくない、人に迷惑かけたくない。
『たくない』が、彼女の動機の全てになった。

 年長者が年少者の世話することはわりと自然なことだったし、実際問題として職員たちは多忙。
 なにより高良さんの精神の安定につながった。
 こういった経緯からなし崩し的に世話の時間が増えていき、ほかの分野に興味を抱く機会が無いまま18歳を超え職員として残ることになった。
 親が強いた介護要員という人生と大差ないレールをたどらせてしまったと園長は悔いていた。

 俺はこうして事情を知っていたにもかかわらず、地雷原に踏み込んでしまった己のうかつさに呆れていた。
58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 14:38:26.25 ID:Q29ZMPfG0
「園長が……」
「はい」
「一度、はっきりと気持ち伝えておかないとダメですね」
「え?」

 きっかけは確かに強迫観念によるものだった。
 だが、兄の世話とは様々な意味で違っていた。
 ここの子供達は彼女に笑顔を見せ、更に成長してくれた。ここで初めて、やり甲斐というものを感じたそうだ。
 おいしいご飯を食べさせてあげたい、褒めてあげたい、添い寝してあげたい、できなかったことをできるようにしてあげたい。
 ここには『たい』がたくさんある。

「そういうわけで、本当に自分がしたいことをしてるだけなんです。これから私の『たい』が施設に収まらなくなる日が来るかもしれませんが、今のところ私の『たい』は全てここにあるんです」
 俺が知る彼女の笑顔は全て、仕方なくやっているとしたらありえない、演技ではない本物の笑顔だった。
 スキルを編み出す際の辛い記憶も相手の笑顔で上書きできて、スキルを肯定的に捉えられるようになったんだろうな。
 しかし、内容が重いためなんともコメントしづらい。
59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 14:41:27.23 ID:Q29ZMPfG0
「は……は……くしゅん」
 お、話題を変えるいいきっかけだ。
「可愛いくしゃみですね。泉さんの豪快なのとは大違いだ」
「私も昔はあんな感じだったんですよ?」
「そうなんですか? 泉さん、高良さんのくしゃみ羨ましがってたけど、加減できないだけにかわいいのはずるいとかなんとか。秘訣教えてあげたらどうです?」
「うーん、本能的なものなんで難しいですね」
「本能?」
「くしゃみに限らず、大きな音を出すと兄はたちまちパニック起こして暴れだしたんで、徹底的に静かにするクセがついたんです……」
 なんかどんよりとしたオーラをまとい俯いた。
「あー変なスイッチ入ったというかフォローしようとしてまた地雷踏んだ?」
60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 14:42:37.99 ID:Q29ZMPfG0
———————————————–
??「流石に、これは」
みゆき「ええ、わかりますよ、企画にそぐわない話ですし、あの手の団体を怒らせると怖いですから」
??「そうだよなー、怖いよなー」
みゆき「そうですよね、数年前も、バリアフリーに改修するのが難しい古い学校に脳性マヒの子を通わせようとして訴訟起こしてましたものね」
??「うんうん、それそれ」
みゆき「仕方ないですよ」
??「この前の企画でもそういうの扱ったんですが」
みゆき「ええ」
??「問題点を克明に扱う筈だったのに、怒らせないようにって考えてたら綺麗ごとのオンパレードになってしまって」
みゆき「仕方ないですよ、お仕事で、生活かかってるんですから」
みのる「ああ、もう危険なボケとフォローがエンドレス……」
61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:10:41.41 ID:Q29ZMPfG0
 ただでは起きない


 トイレから戻る途中、バタバタ走る音が聞こえた。
「え、う、れ、かぁあああああああ!」
「田村さん、白石君もいるんですから」
「男が怖くて腐女子やってられないっス!」
 田村……趣味が合うのかこなたとよく話していたな。ひよりって名前だったっけ。
 今は女子の入浴時間、そしてみゆきさんの発言から察するに、いつぞやのみさおと同様、いや、それ以上に物凄い格好と思われる。
 見るまいと声とは反対側を向く。
 さてどうしたものかと考えていたら足音は接近してきた。
「どけどけどけ?!」
 衝撃が襲い掛かり、一瞬だが意識が飛んだ。
 身を起こすと、すぐそばのドアが開き形のよい尻と長髪が駆け込んでゆくのが見えてしまった。
 どうやら、やり過ごそうとしていた俺は彼女の進行ルートを妨害していたらしい。
 もう手遅れになったと判断したみゆきさんにため息混じりに助け起こされる。
「一体何があったんです?」
「田村さん、お風呂入ってるときに漫画のアイデアが降臨したようですね。時々ああなるんですよ」
「腐女子とか言ってたな。わざわざ自分の部屋まで戻らなくても、脱衣所にメモ帳置いときゃいいんじゃ」
「私もそう思うんですが、思いついたときに走り書き程度じゃなくて詳しく書いておかないと何が言いたかったのかさっぱりで、詳しく書くにはメモ帳くらいではダメみたいです」
「難儀な人だ」
 全裸もお構いなしで全力疾走するアルキメデス状態も女だらけ故の問題らしい。
 しばらくして、悔しそうな雄たけびが聞こえた。
 結局は間に合わず、降臨したアイデアは消えてしまったらしい。
 扉が開き、幸か不幸かバスタオルを巻いて出てきたひよりは俺を睨みつけ……。
「白石君がボサっと突っ立ってたせいでアイデア忘れたじゃないスか!」
「八つ当たりだー!」
62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:12:16.84 ID:Q29ZMPfG0
 で、どういうわけか彼女の部屋でモデルをやらされた。
 これまでもほかの子やみゆきさんにモデルやってもらってたそうだ。
 だが、骨格やら筋肉のつき方やら、やはり本物の男の方が断然参考になるとのこと。
 しかし、取らされてるポーズは四つんばいになって尻を突き出したり仰向けになって背を逸らしたりで、漫画の内容が非常に心配だ。
 ひよりの爛々とした目は創作活動への集中の現われだと信じたい。
 ちょっと怖いけど。

 デッサンの傍らで香具師の人たちとの生活を事細かに聞かれた。
 様々な人が集まりトラックの荷台などで寝泊りするカオスな状況で妙な事態が発生するのを期待してたのか、ひよりの目はよりいっそう爛々と輝いていた。
 自分の過去に興味もたれるってのも、まあ悪くはないものだ。
 かなり怖いけど。

 幸か不幸かソレらしいエピソードはないので語れなかったが、香具師の生活というシチュエーションは彼女にとって新境地だったらしく、猛烈な勢いで妄想が加速しているようだ。
 自分の境遇を語って喜ばれるってのも貴重な体験だよな。
 非常に怖いけど。
63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:16:19.49 ID:Q29ZMPfG0
「なんか、その、凄い気迫だな」
「ん? そりゃあね。皆の生活とか人生かかってますから」
「……え? 同人誌の売り上げがここの運営に当てられてるとか?」
「あ、そうじゃないっス。だけど国から貰えるお金や自分でやるバイト代だけじゃどうにもならないことありますから」
 たとえば学費や医療費など。
 諸事情あって奨学金などの制度が利用できないことがある。
 命に関わるものではないとはいえ、目立つ傷跡が人間関係において重大な問題になることも少なくない。
「精神的に強くなって乗り越えられればそれにこしたことはないけど並大抵のことじゃないし、そのための努力は皆と共感できる武勇伝にはなかなかならないっス。
現代医学の力でハードル下げられるならそれでもいいと思いません?」

 俺やゆたかちゃんの体に残る痕跡、みさおの発作、そしてつかさの思いつめた顔を知る俺には、その考えを否定はできなかった。
 特に女の子の場合、目立つ傷跡がどれほどの足枷になるかは想像に難くない。
 しかし人に気を使わせないくらい綺麗に治そうとしたら相当に金がかかる。保険が適用されないケースもある。
 だからといって大人になって稼げるようになるまで我慢しろというのはあまりにも酷だった。

 だから入所者同士で出し合ったり、ここを巣立っていった者が寄付した金をそういった問題解決にも充てているという。
64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:17:24.87 ID:Q29ZMPfG0
「家族みたいなものっスから。私だってそうやって皆や、足長おじさんならぬおば……いや、お姉さんに助けてもらってたし」
 利き腕である左手を労わるようにさすっていた。
「だから同人を?」
「あ、それだけじゃないっス。趣味と実益と、セラピーも兼ねてます」
「セラピー?」
「芸術療法っての? 私の場合、カウンセリングの一環で自分の経験を絵にしてました。それがきっかけでこっちの路線に進んだっス。自分の体験も、アレンジしてマンガにしちゃうとすっごくラクになるんス」
 赤面しつつ差し出されたスケッチブックを見てのけぞった。
 老若男女問わずあられもない格好で、モザイクかけないと放送できないようなことをしていた。
 どうやら男性恐怖症の引き金になりそうな理由で家庭に居られなくなった子の一人がひよりのようだ。
 しかし、どこからどこまでが実体験? アレンジの度合いはどれくらいだろう。
「……わからないならそのほうがいいし、無理にわかってもらう気もないっス」
 俺の疑念に気づいたのか、寂しげに言い俯いた。
「いや、その」
 そういった経験を持つ女の子と男としてどう接すればいいんだ。
65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:18:09.62 ID:Q29ZMPfG0
「――でもね、こうして、マンガのネタにはなりそうだからいいかナ――と」
 ゆらー、と体勢を立て直し、怪しげな笑みを浮かべる。
 たくましいなぁ……と、考えておくべきだろうか。
 ちょっと怖いけど。
 形がどうあれ笑えるようになったなら喜ぶべきなんだろうか。
 かなり怖いけど。
 確かに、共感得られる武勇伝にはならないな。
 非常に怖いし。
「って、これに書かれてる女の子、ゆたかちゃんと……なんて言ったっけ? 無口な子、仲良くしてたけど」
「岩崎さん?」
「岩崎さん、か。あのふたりがモデル? 身近な人をこういうのに使うのってまずくないか?」
「私もそう思うんだけど、あのコンビ見てるとあれこれ想像掻き立てられるっス。でも似せないようにって考えると余計に似ちゃったり、逆にキャラの個性がなくなっちゃうし」
「腐女子ってのは業が深いな。いっそのこと無理に似せないようにって考えないで、何人かの特徴を混ぜたらどうだ? 顔立ちとか性格とか部分的に切り張りして」
「……!?」
「ど、どうした?」
 頭を抱え悶えだした。何か地雷踏んだか? みさおのように発作起こしたか!?
66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:19:06.31 ID:Q29ZMPfG0
「小早川さんと岩崎さん、あの二人の間に生まれた子供とか考えちゃって」
「おいおい、女同士だろ」
「……!? ら、らめぇ! 女同士なのに子作りとか、うあああーっ、自重しろ自重しろ私ーっ!!!」
「本当に自重しろ、一つ屋根の下で暮らす仲間なんだし」
 まずいとは理解してるんだよな。
「一つ屋根の下……男女比のバランスが偏ってるから調整……ごはぁっ!? どちらか一方が男装……、やっぱり岩崎さんがかっこいい男、いやいや、意表を突いて小早川さんがショタ、いやいや、いっそのことふたりとも男装、いや、男の娘に……」
「一周して元通りの女の子だろ」
 男の娘という表現がわかってしまったのはこなたの影響か。
「男装っ子と女装っ子のいいとこどり……やめて!! これ以上私をオカシくさせないでっ!!」
 あふーんと怪しげな吐息と共にひよりは悶絶した。
「駄目だこいつ……早く何とかしないと」
67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:20:05.88 ID:Q29ZMPfG0
 異様な光景に恐れおののいていたら、これまで傍らで沈黙を保ちアシスタントにいそしんでいた高良さんがひよりをベッドに運んだ。
「あの、本当にセラピーの効果出てるんですか?」
 悪化してないかコレ。
「ええ、きちんと回復してるんですよ、これでも。だいいち、そうでなくては男性である白石さんにそんな格好のモデル頼んだり、ここまで自分をさらけ出したりはできませんから」
 その言葉に、急に気恥ずかしくなり服を着なおす。
 これまではトランクス一丁でモデルやらされていたのだった。
「なんというか、さらけ出しすぎのような」
 あいかわらずピンク色の妄想が暴走して悶えるひよりに戦慄していた。
 性的虐待ってのは大いに人格を歪めるんだな。
 でもまあ、みさおの発作と違い苦痛は見受けられないのがせめてもの救いか。過剰な萌えに脳がオーバーヒートしてるだけらしい。
 一応、そこに愛はあるんだろうな。形はどうあれ。
68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:22:52.94 ID:Q29ZMPfG0
 高良さんがひよりを楽な姿勢にしながら言う。
「こうして同人誌を書くことは、田村さんも私も精神に張りをもたらしてるんです」
「え?」
「その……男の人って、こういうのを使用して処理してしまえば、性犯罪なんてしようとはしなくなるのでしょう?」
「そりゃそうなんだけど」
 同意を求められても困る。
 しかし、高良さんは兄の世話を通してそれを実感してしまってるんだろうな。
 頭はどうあれ下半身が正常なら性欲も芽生えるんだろうし。
「だから性犯罪を防いでるって自負があるんです。
それに、どんな境遇の人が作ったのかなんて予備知識なしに評価され、本当に必要としてる人に妥当だと感じる値段で買ってもらってます。
経費に公金は一切当てていないし、お情けで買ってもらってるわけじゃない。だから、これで稼ぐのを誇りに思ってますよ」
 なんかドス黒いオーラを感じる。優しい言葉や振る舞いの裏で色々思うことはあるらしい。
69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:26:52.76 ID:Q29ZMPfG0
「それに、私がアシスタントするきっかけは田村さんのお手伝い、つまりお世話という形だったんです。内容が内容なんで年齢制限に引っかかってしまい、私が代理で発表する必要もありましたし」
「いいんですか? それ」
「微妙なところですね。でも、私もこうしてお世話以外のお仕事ができて、ソレの評価もされたんです。もっともっと描きたい、読んだ人に楽しんで貰いたい、こんな気持ちは初めてです」
 世話以外のことを知らずに育った高良さんが新しく見つけた『たい』、応援するべきなんだろうな。
 その『たい』がどんな形であれ。


 というわけで応援と自分に言い聞かせひよりのモデル依頼に乗っては、俺の何気ない発言で妄想を暴走させる日々が続く。

あふーん

 放っておいたら萌え死にしそうな悶え方に、本当にセラピーの効果は出ているのかという疑念は強まっていくのだった。
70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:27:48.78 ID:Q29ZMPfG0
———————————————–
??「……濃いな」
ひより「濃すぎますよね……」
??「いい味出してるんだけど、さじ加減が難しいなコレは」
ひより「わかります」
??「でもいいキャラになりそうだ、う?む」
みのる「しっかし、自立って何なんだろうな」
??「主人公の父親、こういうキャラにしようと思うんだけど、そういう経験ある子にとってはまずいかな」
ひより「……いいキャラっス。あのゲス野郎と比べたら失礼っス。だいいちフィクションなんだし」
??「そうか、なら大丈夫かな」
ひより「どんなネタでも誰かを傷つけてしまう可能性はあるんだから配慮は必要でしょうけど、そんなのキリないっス。傷つけてしまう覚悟無しに言葉や思いを発する創作活動はできないっス!」
みのる「??さんと二人して涙流して頷きあってる……なんか怖いぞ」
73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:51:20.04 ID:Q29ZMPfG0
不器用

 今日は俺とこなたが夕飯の買い物当番だった。
「買い物リストの内容から察するに……」
「みんな大好きチキンカレー♪」
 施設から少し離れたスーパーにて食材を買い込んだ後、こなたは店内のベーカリーに向かった。
「おじさん、いつもの」
「ああ、ちゃんとキープしてあるよ」
 チョココロネをいくつか袋詰めしていた。皆のおやつかと思ったが、それにしては量が少ない。
 だいいち、施設で出されるのは基本的に手作りのお菓子でありこういう菓子パンが出ることはなかった。
 では買い食いか? とも思ったが、それには量が多すぎた。
「無理言ってすみません」
「ま、仕方ないさ、人それぞれだしな。焦らず気長にな」
「うん、ありがと」
74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:54:30.83 ID:Q29ZMPfG0
 事情が事情とはいえ、これまでこなたが俺に振ってきた話題はどうしてもマニアックでついていけなかった。
 それは帰り道の今も同じだった。
 割と無難と思われる話題もあったが、生憎それについて俺はそんなに詳しくなかったため、こっちのノリが悪くて会話は尻すぼみになる。
 かといって俺もどういう話を振っていいかわからなかった。
 共通の話題がなさ過ぎる。
 他の話題や自分のことも話すべきかと思うが、こなたの境遇を考えると嫌味になるんじゃないかと思い、話すに話せない。
 高良さんは気を使わなくていいと言っていたが、みさおやひよりのような発作を起こしてしまうかも、と考えると地雷に踏み込むリスクを犯すのは怖い。
「……おにーさん、私がオタクだって責めたりしないんだね」
「え? そりゃ人それぞれ趣味の問題だし、それに泉の場合、事情が事情だし」
 クラスにいたオタクの話や立ち居振る舞いは不快に思うことも多かったが、連中の問題点とこなたが合致する点はせいぜい話題の偏りぐらいのもので、ソレぐらいで非難するのは狭量だ。
 まして、こなたが抱えた事情を考えたら非難はあまりにも酷だ。
75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:55:12.49 ID:Q29ZMPfG0
「んー、事情知ってればそう割り切れるのかな。おにーさんの場合は一緒に暮らすんだから話しといたほうがいいと思ったけど、ヘビー過ぎてドン引きされちゃうと思って学校の皆には話してないんだよね」
「高良さんが前にそう言ってたな。それに事情知ってても嫌なものは嫌って人もいるだろうし」
 俺のクラスに編入されていた障害児の世話は、どんなに説明受けたりノーマライゼーションといった理念を説かれても、色々と無理難題をふっかけられ負担や迷惑を蒙ると嫌だと感じていたものだ。
「皆に積極的に話しかけようにも共通の話題なんてすぐネタ尽きちゃうし、皆が話してることって私はまだまだ知らないことだらけだからついていけないんだよね」
「まあ、その境遇じゃ仕方ないだろうな」
 俺がこなたの話についていけないように、こなたも非オタク分野の話題は敷居が高過ぎるか。
76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 15:59:10.39 ID:Q29ZMPfG0
「でも、聞き役に徹してても何も言わないわけにもいかないし、私がよく知ってることってさっきみたいにオタクなものばかりだからいい顔されないし」
 引き出しにストックしている話題が偏ると、言葉のキャッチボールはこうも困難になるんだな。
 こなたが振っていた話題は、マニアックさの度合いがかなり上下していた。
 今の自分が投げられる球のうち、少しでも俺に受け止めやすいものを模索してたんだろう。

 双方の地雷に触れず、共感できて、不幸自慢と取られず、その上でオタク批判の対象にもならない話題。
 普通と言いがたい生活になって孤立した人間は、どうやったらそんな話題を仕込めるだろう。
 そのためには人との楽しい交流という要素が不可欠であり、話題の偏りが壁になるのに。

 作り話をするか? でもボロの出ない無難な話なんてそう簡単にアドリブでできるはずがない。
 この前の高良さんも、無難であるはずのくしゃみという話題ですら兄の他害行動という地雷に触れてしまった。
 そしてかわし切れず、振った俺への返答は不幸自慢と取られたり、障害者本人のほうがずっと辛いなどと非難されかねない内容になってしまった。
 だいいち、作り話でごまかす付き合いなんて相手に不誠実だろう。

 波風立てる覚悟で自分を出すか、不誠実でも無難な振る舞いをするか。
 どちらも、そうそううまくやっていけるとは思えない。
 こうして、更に孤立してしまった人間が心のよりどころにできるものは何があるだろう。

 救いのない孤立のスパイラルだった。
77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:01:25.24 ID:Q29ZMPfG0
「いざ話をしようとしても難しいもんだな」
「うん」
 と頷くなり、こなたは怪しげに細めた目で俺を見つめてきた。
「面白いこと言ってセバスチャン」(お嬢様口調)
「え? 俺?」
「……なんて言われたって、私にとって面白いことがなかなか思い浮かばないから困るよね」
「いやいや、そんな振り方じゃ誰だって困る」
 今のは、こなたなりの冗談なのかな。

 そのとき、前方を歩いていたお婆さんがハンカチを落とした。
 荷物を俺に託したこなたは信じられない脚力で駆けつけ、拾い上げたハンカチを渡していた。
 幼少期を屋根裏部屋に閉じ込められて過ごした彼女があれほど走れるようになるまでに、どれほどの訓練を要しただろう。
 それは、ひよりが言っていたように皆と共感できる武勇伝にはなるまい。
 陸上部の特訓みたいに楽しく笑いながら話せる生易しいものではない、壮絶なものだったに違いない。

 どうしたら泉みたいに早く走れるんだと話を振って、和気藹々としたやりとりになるとも思えない。
 また気まずい沈黙が続く。
78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:05:25.75 ID:Q29ZMPfG0
 そこで、さっきのベーカリーでのやり取りについて聞いてみた。
 食べ物の話題ならそこそこ楽しい話になるのではないか、そう思ったのだ。
「あー、あれね。私、これ以外はあまり食べられないから」
「……え? アレルギー?」
「ううん。屋根裏部屋に閉じ込められてたって話したでしょ? そのとき出されてた食べ物はなぜかチョココロネと牛乳ばかりだったんだ」
「なっ!?」
 妙な理論に基づく怪しげなダイエットでもしてるのか? と思ったが浅はかだった。
 高良さんのくしゃみのように、無難と思われる分野に地雷、それもN2兵器レベルのとんでもない地雷が埋まっていた。
「物心つく前からずっとそればかりだったせいか、それ以外のものはどうしても食べ物って感じがしないんだ。
他の皆が美味しそうに食べてるのをこの目で見てるんだけどどうしてもダメ。だから無理して食べるとね……」
 言葉を濁した。おそらく精神的に受け付けられず戻してしまうのだろう。
 こなたの小柄な体格は、その偏った食生活のせいかもしれない。
79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:07:35.60 ID:Q29ZMPfG0
「あれ? 縁日のとき買い食いとかしなかったのか?」
「ううん、少しは食べてた。訓練がんばってるからね」
「訓練って……!」
 色々なものを食べるという当たり前のことにも訓練を要する。その状況自体が俺には脅威だった。
 言葉を濁した時点で話題を変えるべきだったと後悔したが、こなたは誇らしげにしていた。
 少なくとも、もうこの分野に踏み込まないでくれといった拒絶のサインは見受けられない。
 形がなんであれ、立ちはだかった壁を乗り越えた体験は自信に繋がるんだろうな。

 だが、言葉のトーンは落ちる。
「だけどまだ抵抗は残っててね、疲れてるときは皆と一緒に食べるのお休みしてこれにしてるんだ」
 寂しげな笑みを浮かべ、ベーカリーの袋を掲げる。
 言われてみれば、俺が入所してまだ日が浅いとはいえ、こなたが食卓でどうしていたか全然記憶になかった。
 同席していなかったのか、口にすることで手一杯だったため何かアクションを起こす余裕がなかったのか。
80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:09:47.04 ID:Q29ZMPfG0
「無理して乗り越えなくても普通にみんなとそれ食べてればいいんじゃないか? アレルギーとかで制限ある人だっていくらでもいるんだし、ベーカリーのおっさんだって人それぞれって言ってたし。栄養は……サプリメントとかでさ」
「そうもいかないよ、付き合いってものがあるからね。皆が普通の献立で食べてる中、私だけいつまでもチョココロネじゃ空気悪くなるし。頑張らなきゃ、リハビリリハビリ」
「付き合い、か」

 俺が保護された縁日の光景を思い出す。
 こなたは施設以外の子も交えたグループに入り、和気藹々としたやり取りをしていた。
 確かにそういう努力をしなければ、高良さんの言うとおり皆に気を使わせるのが蓄積し、付き合いはぎくしゃくしたものになったかもしれない。
 こなただけじゃなく皆も互いに歩み寄るべきだと思うが、『普通』とこなたは違いがありすぎた。
 歩み寄る皆の負担を考えると、こうするほかないのだろう。

 あの時、軽々しく羨み、自分の境遇を呪ったことを恥じた。
 何の悩みもなさそうなあの笑顔の裏で、俺には想像も及ばない壮絶な努力があったんだな。
81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:20:27.14 ID:Q29ZMPfG0
「それに、頑張ってご飯作ってくれてるみゆきさんに悪いよ」
「高良さんはわかってるんだよな?」
「うん。でも、調子よかったら皆と一緒に食べれられるようにって私の分もちゃんと毎食作ってくれてるんだ」
「……そうか」
「それに、この前出たおやつのクッキーはつかさが焼いてた」
「クッキー? そうだったのか。乗り越えられたんだな」
 あの夜に彼女が見せた涙を思い出す。体臭のコンプレックスはどれほどの足かせになっていただろう。
「うん、ああやって食べ物作って、誰かに食べてもらうのがつかさの場合すごく勇気要ることだって知ってるから答えてあげたくて、でもダメだったらきっと、深く傷つける。だから食べられなくて……いきなりは変われないよ」
 かすかにしゃくりあげた。
「……ごめん」
 また地雷踏んじまった。
82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:23:30.10 ID:Q29ZMPfG0
「あ……! 大丈夫大丈夫、話したら楽になった。今のはふたりには内緒ね、作ってくれるのも一歩踏み出せたこともすごく嬉しいし、
少しづつだけど食べれられるようになってるから。それに、付き合いとは言ったけど仕方なくってわけじゃない。皆とお喋りしたいし一緒にご飯食べたい、これは本当だから」
 慌ててまくし立てる。その様が微笑ましかった。

「泉は強いな」
「そうかな? 屋根裏部屋の外は知らないことばかりで怖かったけど、面白そうなものもたくさんある。だから頑張れてるんだ」
「……」
 しっかりと前を見据え力強く言うその姿に、不覚にも俺は見惚れていた。
 俺も、こなたと話したいし一緒に食事したい。いろいろなことを経験していきたい。
 だが、これを言葉にするには少々勇気が要った。
83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:25:32.28 ID:Q29ZMPfG0
 今とりあえずできることとして、買い物袋を片手に持ち替え、空けた手でこなたの肩をポンと叩いてやる。
 気持ち、伝わるかな。
「あはは……焼きたての香りがたまんないね、ちょっとつまみ食いしちゃおっか」
 それまでの重い空気を吹き飛ばすように陽気に言い、ふたつ取り出したコロネの一つを差し出してきた。
「お、いいのか?」
「いいっていいって。ところで」
「うん?」
「太いほうと細いほうどっちがチョココロネの頭?」
 他愛もない問答にシフトしコロネを齧りながら家路を歩む。
84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:27:55.24 ID:Q29ZMPfG0
 そのうちこなたは、食事作ってくれてる高良さんの話題をきっかけに数年前の年末に起きた騒動を話しだした。
 正月なんだから特別な食事にしたいが、当時のこなたは訓練が始まったばかりで特に餅や和食に抵抗が強く残っており、正月らしいものは一切食べられなかった。
 そんな中でも特別さを出そうと園長をはじめとする職員さんは一生懸命だった。
 萎縮するこなたをなだめすかして皆の希望とすりあわせた結果、当時のこなたがどうにか食べられるようになっていたピザやパスタを皆で作り、それに合わせローストチキンをお節の代わりにするという線に落ち着いたという。
 その後どうにか食べられる物は増えていったが、普通の正月料理と平行してピザやパスタやローストチキンを作るのが正月の定番になったとのこと。

 寄付されたパスタマシンを使ってみたが、しばらく使っていなかったため錆付いていて生地が真っ黒になったといった失敗談をこなたは笑いながら語る。
 経緯は壮絶なものだったが、その光景は相当ににぎやかなものだったに違いない。
85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:32:55.46 ID:Q29ZMPfG0
 勇気を出して、さっきハンカチ拾ったときの脚力の秘訣を聞いてみた。
「こういうのはイメージが大事なのだよイメージが」
 顎に手を当て得意げに語り出す。
 お節の話を楽しく話せたのだから、という読みは正解だった。

 何でも、はじめは俺の予想通り満足に走るどころか長距離歩くこともできなかったし、そうする必要性すらわからなかったという。
 職員さんは、そんなこなたが知るメディア越しの知識を切り口に様々なアプローチを試みて、外の世界に出て走る楽しみを引き出そうと四苦八苦していたそうだ。

 そして、どうにか100メートルを休むことなく完走できたときのことをこなたはついさっきのことのように熱く語る。
 残念ながら、職員さんの『連打! 連打!』『コイン! コイン!』『定規! 定規!』といったエールの意味は分からなかったが、走れるようになった達成感、未知の領域に踏み入れた興奮はありありと伝わってきた。
 そのときのこなたはどれだけいい笑顔を浮かべていただろう。
86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:37:06.51 ID:Q29ZMPfG0
 どうにか接点のある楽しい話題を見つけ出し、それを語らいながら歩く。
 コロネからはみ出したチョコに悪戦苦闘し、その様を笑いあいながら、この家路がもっと長ければななどと取りとめもないことを考えていた。
87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:40:01.67 ID:Q29ZMPfG0
———————————————–
??「……これまた、凄い」
みのる「やっぱサイコスリラーっすね」
??「というかドキュメンタリーというか。でも使わないってのも惜しいな……」
みのる「ですねー」
??「それにしてもオタクか、スタッフと打ち上げでカラオケ行ったとき、面子の一人が重度のオタクでアニメや特撮のマニアックな歌ばかり歌ってたっけ。頑なに歌わないのも空気悪くなるからやむをえずああしてたのかな」
こなた「あー、あるある。私も屋根裏で見てたビデオでそういうのばかり憶えてるからカラオケ行くとそうなります」
??「そ、そうか。彼は、次に参加したときはどうにか今時の歌を練習してきたけど、たちまち持ち歌は尽きて気まずそうにしてたっけ」
こなた「そうそう、私もです。少しはそういうのも練習してるんですけど、キリないからもう開き直って他の皆がわからないのお構いなしでガンガン歌っちゃいます」
??「そ、そうなんだ。えっと……食べられない問題はまだ続いてる?」
こなた「あ……はい。組み合わせ次第で何とかなる場合もあるんですけど、シチューと味噌汁といった具合にかなり変な献立になっちゃって」
??「そう、まあ、食事の場面はカット割とか繋ぎの工夫で何とかなるか」
こなた「あ、どうせならチョココロネが大好物って設定にしてしまったらどーです?」
??「……いいの? こなたちゃん」
こなた「はい、そこらへん割り切ってますから。それに好物でキャラの個性付けしたり食べ物がらみのネタで話膨らますのはよくある手法でしょ」
??「……」
みのる「あ、なんか??さん落ち込んでる」
88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:53:08.11 ID:Q29ZMPfG0
 ほされる


 ある日の夕方。
 今日は高良さんと俺が夕食の当番だったが、彼女は他の用事ができたため代打のみさおと組むことになった。
 みさおは鍋に煮干を投入しながらつぶやく。
「いやー恥ずかしい話、小さい頃からコレをそのまま“ニボシ”って覚えてたから、最近までニボシって名前の魚だと思ってたよ」
 袋に印刷された名称や原材料の表示を感慨深げに見ていた。
「あー、あるある。俺はガキの頃、“ニ”という名前の魚の干物だと思ってた」
「わはは、あるよなー。有名な絵で“ムンクの叫び”ってあるじゃん? あれもそういうタイトルじゃなくてムンクって画家の“叫び”って絵なんだってなー」
「あったあった、そういう間違い。“ヒチコックの鳥”って映画があるが、そんな名前の鳥の怪物が出てくるんじゃなくヒチコックって監督の“鳥”って映画なんだよな」
「!! そーなんだよなー、続けて言うから紛らわしいよな。間違えるよなぁー、わかるわかる!」
 共感得られたことが嬉しくてたまらないのか、みさおは油揚げや野菜を刻みながらはしゃいでいた。

「この前、泉が俺のことセバスチャンと呼んだんだが、はじめはセバスって人をちゃん付け……ん? どうした?」
 苦笑していたらみさおの手は止まり、俯いていた。
89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:54:53.77 ID:Q29ZMPfG0
「……やっぱり雑談ってこうだよな」
 目を潤ませていた。
「何かあったのか?」
 地雷か? 発作か? と身構えてしまう。
「あ……うん。夏休み入る前、学校で弁当食べてたときも友達とさっきみたいな話してたんだけど『ホントに恥ずかしいヤツだな』って言われてなー」
「うわ、直球」
「私、この歯の件があったから今みたいにコンロの前に立つことなかなかできなかったんだ。最近になってどうにか乗り越えたから、こうして味噌汁とか作れるようになってさ」
 鍋から出し殻を取り出しながら、この前のこなたのように誇らしげに、そしてどこか寂しげに語った。
 発作起こしたとき、コンロで焼いたドライバーとか言ってたな。
 そこに立つと、とてつもない恐怖の記憶を呼び覚ましてしまったのだろう。
90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:56:02.00 ID:Q29ZMPfG0
「じゃあ、ニボシの間違いに気づく機会も最近までなかったわけだ」
「そうなんだー。あいつは事情知らねんだからあれが普通の反応なんだろうけど、私が家事とか怠けてたってバカにされたみたいで悔しくてなー」
「そうか……怠けるもへったくれもなかったんだろうに。乗り越えるの大変だったんだろ?」
 発作の光景を考えると、克服が相当な苦難だったのは想像に難くない。
「あー。でも、確かに料理なんてできて当たり前のことなんだし、その当たり前のことができるようになったぐらいで有頂天になってたんだから確かに恥ずかしいヤツなんだよな、私」
「いや、そんなことないだろ。普通なら立ちはだかることのない高いハードルを乗り越えたんだから立派だって」
「……ありがとなー」
 その言葉も寂しげだった。
 俺なんかじゃなく、その友達にこそ褒めてもらいたかったんだろう。
 共感得られないってのは寂しいことだな。
91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 16:57:32.36 ID:Q29ZMPfG0
 しばらく作業を続けていたら、みさおは出し殻を甘辛に炒めながらつぶやいた。
「あのときの弁当のおかず、なんとかコンロの前に立てるようになって初めて作った料理だったんだ」
「うわ……。でも、事情はヘビーすぎてその場では話せないか」
「そうなんだー、弁当食ってんだから食欲失せること話すわけにもいかねーし。だから空気入れ替えようと思ってムンクの話に切り替えたら、そうなんだって感心されてさ。嬉しくて更にあれこれ喋ってたら、ちょっとからかっただけなのに大喜びしたって引かれちゃってなー」
「掛け合いってのは難しいもんだな」
「うんうん、すっげー難しい。おまけに、通りすがりのヤツに施設育ちは非常識だの世間知らずだのとバカにされてさ。
私がたまたまズボラだっただけで、高良さんみたいにしっかりしてる人やチビっ子みたいに物知りな奴だっていくらでもいるんだって言い返したけど、墓穴掘ってどうするって友達から突っ込まれたし?」
 あ?また落ち込んでく。
92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:00:00.01 ID:Q29ZMPfG0
「ひどいな、ほんとに友達かそいつ」
 高良さんならうまいフォローできるんだろうな。その友達なりの思いやりで、ちょっとしたからかいで元気付けようとしたとかなんとか。
「あ、うんうん! 突っ込みきついとこあるけどあいつは基本的にいいヤツなんだってヴぁ、世間知らずとか言った奴フルボッコにしてくれたし」
「……そうか」
「それにツンデレっての? 顔真っ赤にして髪の毛くるくるいじりながら強がり言うのがすっげー可愛いんだぜぇ?」
 以下、ノロケ話のようにその友達のいいところを熱弁された。
「結局は友達自慢かよ」

 苦笑して調理を再開したとき、食堂と繋がった共同スペースから、ぱんぱかぱーん! などと口頭でのファンファーレが聞こえた。
「聞?ておどろけー!! ドラマ出演が決まったよ――――ん!!」
 小柄な少女が、そこにいた他の子と手を取り合ってはしゃいでいた。
「ん? 見かけない顔だけど新入り?」
「いや、白石より前からいた。小神あきらってんだ。最近は新しい企画のオーディションだかでここ離れてたんだ。テレビで見たことねえ? 3歳のころから子役やってたんだとさ」
「……知らない」
「まー、チョイ役が多かったからしょーがねっか。それに最近は……」
 と、そこで鍋が噴きはじめ話は中断した。
93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:02:39.36 ID:Q29ZMPfG0
 支度が終わり皆で席に就く。
 そう、皆だった。
 こなたの姿を確認した。今日は調子がいいのか口にするときもさほど無理してるようには見えず安堵した。
 ゆっくりと、確かめるように口に含み、飲み込んでゆく。
 みさおも思うことは同じらしく、隣の子と会話もしているこなたを嬉しそうに見守っていた。
 そして俺の視線に気付いたみさおは下唇を突き出した妙な表情でサムズアップしてきた。
 表情の意図はよく分からないが、とりあえずサムズアップを返しておく。
94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:04:24.88 ID:Q29ZMPfG0
 あきらは俺の隣に座っていた。ゲームの話をしてたので、それに関し思い出とかあるかと話を振ると、パァと顔をほころばせる。
 地雷を踏んでしまったわけではなさそうだが、それどころでない事態が発生した。
 客観的に見るとあきらは元気よく挙手し楽しそうに答えてるだけなんだろうけど、振り上げたあきらの手は激しい折檻の記憶を呼び覚ます。
 更にはマウントポジションになってボコボコに殴られた記憶まで蘇り反射的に身をすくめてしまう。
 こんなちっこい子にビビってしまうってのも情けない話だが、この反射は染み着いてしまってどうにもならない。
 堪えろ堪えろ、こういうふうにテンション高くリアクションする人はいくらでもいる。配慮なんぞ求めてたらキリがない……。
95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:08:08.16 ID:Q29ZMPfG0
 食後、あきらの今後についての詳しい話になる。
 新しく始まるTVドラマの関連番組となるラジオ番組のナビゲーターを勤め、しばらくしてドラマの放映が始まったらその番組内の1コーナーとしてTV進出するとのこと。
 そして中盤からはドラマ本編にも出るという。

 その話を聞いて他の子が不安げにあきらの腕を見た。
「あ……うん。手首、初めは袖の長い衣装でごまかすけど、劇中の衣替えに合わせてこっちの衣装も変えるからそれまでに消してくれってさ。だけど……」
 あきらが言葉を濁したのを見て、つかさとみさおは目配せし合っていた。
「あきらちゃん、私は後でいいよ」
「私もー、チャンス逃すことねーって」
 ふたりの共通項と手首という単語でピンと来てしまった。
 クーラーなんてないので暑いのに、あきらだけ長袖のシャツを着て、おまけに袖口もしっかりと止めていた。

 彼女も目立つ傷を抱えている。おそらく、追い詰められ自らを傷つける方向に向かってしまったのだろう。
 その治療の優先順位が変わったということか。
96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:10:13.04 ID:Q29ZMPfG0
 あきらは泣きながらふたりに抱きつき、その様をひよりをはじめとする足長お姉さん達が温かい目で見ていた。
 その光景に、俺も稼いで少しでも助けになれるようになろうという考えが浮かぶ。
 俺も新聞配達でもするかな、そういう奨学金もあることだし。
 そういえば近所のペットショップでバイト募集してたっけ。
 ボロ雑巾のようにこき使われるかもしれないが、足長おじさんならぬお兄さんとして頑張ろう。

 などと考えていたら、みさおはあの八重歯を覗かせはにかみながら更なるフォローを入れた。
「白石がさ、私の歯、小悪魔チックで可愛いって言ってくれたんだー。だから私はこのままでもいいかなって思ったんだってヴぁ!?」
 あきらは、あの小柄な体に不似合いな怒気を立ち上らせた。
「あぁん? そりゃ結構なこって、アン○リーバボーで使えそうなメディア受けするいい展開だよな。
そりゃそーだよな、みさお姉ちゃんみたいに褒めてくれる人がいるわけじゃないし、つかさ姉ちゃんみたいに皆のため自己犠牲で切ったんじゃない。どうせ私はメンヘラ気取りの構ってチャンだよ!」
 絡み、わめき、暴れだし、高良さんがなだめに入った。
97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:11:28.66 ID:Q29ZMPfG0
「あきらちゃんは傷跡を見せびらかして同情引いたりはしてなかったんですけど、世間ではブログに傷の写真貼ったり依存心に満ちた自分語りする手合いが植えつけた偏見がひどくて、あの子は激しくバッシングされてたんですよ。
そういうスキャンダルで仕事がなくなった矢先に親が起こした問題が発覚して養育できなくなってここに保護されたんです」
「いや、暢気に解説してる場合じゃないでしょ園長先生」

 あきらの豹変ぶりに恐れおののいてたら、凶暴な目つきの矛先は俺に移った。
「目ぇ、小っちゃ!」
「おい白石ぃ」
「は、はいぃ!?」
「私のアシスタントやれぇ」
「え?」
 女の細腕、しかも袖口から痛々しい傷跡が見えるにもかかわらず物凄い腕力で掴みかかってきた。
「仕事とか居場所とか、ここ以外にもあったほうがいいだろ」
「え? え?」
98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:12:49.89 ID:Q29ZMPfG0
 ドラマの企画書を突きつけられた。
『女の子を中心とした、ゆるゆるーな、何でもない女子高生の日常を面白おかしく描く、「あ、それよくあるよねーー」と言った共感できる出来事を素直に描いた生活芝居』だ、そうだ。
 共感、か、ややこしい境遇の俺らにはなかなか得られないものだ。
「私が出る番組、ドラマの方まだ脚本できてないどころか、キャラも設定も全然固まってないんだとさ。これから新人を大量に登用して、そいつらの特徴とか身の上話をヒントに設定とか固めるんだとよ」
 泥縄というか行き当たりばったりというか、ずいぶんといい加減な話だ。
 それでも、ぶら下がったチャンスにはすがりつくほかないのだろう。
99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:14:15.18 ID:Q29ZMPfG0
 くるりと皆に向き合ったあきらは、さっきまでの凶暴さが嘘のように愛嬌を振りまいた。
「だからみんなもオーディション受けてみない? ウチらみんなアク強いからキャラの味付けにはちょうどいいかも。業界入ったら高級な料理食べたり温泉行ったりできるよー」
「なんちゅう勧誘だ」
「あ゛? 私がこの業界入ろうとしたきっかけはそうだったんだよ悪いか!」
 凄まれ思わず目を逸らすと、この提案をまんざらではなさそうにしている者が数名見えた。

「将来女優になるってのもいいなー、映画とか」
 などとこなたが呟き興味しんしんで見ている企画書の表紙が目に入った。
 ドラマのタイトルは『Lucky Star』だそうだ。
 うだつの上がらねえ崩壊家庭出身にやっと巡ってきた幸運か、それとも破滅の罠か?


 俺、いや、俺たちの明日はどっちだ……。
100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:14:40.82 ID:Q29ZMPfG0
———————————————–
監督「プロデューサーも無茶な企画を通したものだ、などとぼやいていても仕方ないか。さて面談面談、緊張しないで色々話聞かせてよ新人さん」
新人一同「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」」


101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:21:30.38 ID:Q29ZMPfG0
以上。

原作でのいろいろなエピソードやキャラの特徴から家庭環境に恵まれない子のエピソードをいろいろ思いついてしまったので、児童養護施設を舞台にした話を書こうと思い立ちました。
この面々が出演することになったドラマをスピンオフしてまとめたのが『らき☆すた』だった、という設定でまとめてみました。
102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 17:26:11.36 ID:HBCOcpIYP
乙!
らき☆すたのメンバーが話作ってると思ったら逆だったわ
103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/11/21(日) 18:05:00.09 ID:SVr7G9kn0
おもしろかった!乙なんだぜ!

コメント

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